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津地方裁判所 平成4年(ワ)283号 判決

三重県鈴鹿郡関町大字萩原一四七番地の一

甲事件原告・乙事件被告

株式会社エムアールシー

右代表者代表取締役

落合繁雄

同所

乙事件被告

落合繁雄

右両名訴訟代理人弁護士

浅井正

右訴訟復代理人弁護士

蜂須賀太郎

東京都港区南青山二丁目一番一号

甲事件被告・乙事件原告

本田技研工業株式会社

右代表者代表取締役

川本信彦

右訴訟代理人弁護士

平尾正樹

主文

一  甲事件原告の請求を棄却する。

二  乙事件被告らは、乙事件原告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した自動車用マットを製造、譲渡、引渡し、もしくは引渡しのために展示してはならない。

三  乙事件被告らは、自動車用マットに関する広告、定価表及び取引書類に、乙事件原告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付して展示し、頒布してはならない。

四  乙事件被告らは、その占有にかかる自動車用マット及びその半製品における乙事件原告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を抹消せよ。

五  乙事件被告らは、乙事件原告に対し、連帯して金二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。

七  訴訟費用のうち、甲事件について生じた分は甲事件原告の負担とし、乙事件について生じた分はこれを四分し、その一を乙事件原告の負担とし、その余を乙事件被告らの負担とする。

八  この判決は、乙事件原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  申立

一  甲事件原告(乙事件被告)

1  甲事件被告は、甲事件原告に対し、金一二一九万円及びこれに対する平成四年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は甲事件被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  乙事件原告(甲事件被告)

1  乙事件被告らは、乙事件原告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した「自動車用マット」を製造、譲渡、引渡し、もしくは引渡しのために展示、輸入してはならない。

2  主文第三項と同旨。

3  乙事件被告らは、その占有にかかる、乙事件原告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した「自動車用マット」及びその半製品を廃棄せよ。

4  乙事件被告らは、乙事件原告に対し、それぞれ別紙目録〔一〕及び〔二〕記載の不動産に、別紙目録〔三〕記載のとおりの根抵当権設定(但し共同担保として)登記手続をせよ。

5  乙事件被告株式会社エムアールシーは、乙事件原告に対し、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載せよ。

6  主文第五項と同旨。

7  訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。

8  第1、2、3、6及び7項につき仮執行宣言。

第二  事案の概要

本件は、甲事件被告・乙事件原告(以下「被告という。)の登録商標を付した自動車用マットを甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)が製造販売している行為について、これが両者間で成立した調停条項に違反するものであるか否かが争われた事案である。原告はこれが調停条項に違反せず、被告が原告の行為は違法であると宣伝する等した行為は不法行為であると主張してその損害の賠償を求め、被告は、原告の行為は調停条項に違反し、商標法に違反する行為であると主張して、原告に対し商標法三九条・特許法一〇六条又は民法七〇九条・七二三条に基づく謝罪広告の新聞掲載を、原告及び原告代表者個人に対し、商標法三六条一項に基づく商標使用の差止、同二項に基づく侵害組成物の廃棄及び根抵当権設定並びに不法行為に基づく損害賠償(原告代表者に対しては商法二六六条の三に基づく責任)を求めた。

一  争いのない事実等

1  被告本田技研工業株式会社は、自動車等の製造、販売及び修理等を目的とする株式会社であり、「HONDA」、「today」、「CIVIC」等、被告の営業全体及び商品である自動車の車種につき、自動車用マットを含む「第一二類、輸送機械器具その部品及附属品(他の類に属するものを除く)」を指定商品とする登録商標を保有している。

原告株式会社エムアールシーの代表者であり、乙事件被告である落合繁雄(以下「乙事件被告落合」という。)は、昭和三五年一一月から昭和五四年三月まで被告に勤務した後、「国際通販サービス」の商号で被告の営業所等に対する自動車用品、販売促進用品の販売業に携わり、さらに昭和五六年ころから独立して「ホンダファミリーサービス」の商号で同様の販売業を行い、昭和五八年五月に株式会社である原告を設立し、「株式会社エムアールシーホンダファミリーサービス」の商号で従前の業務を継続した。但し、同社は後記の名古屋簡易裁判所における調停開始後の昭和六二年二月二六日、現在の原告の商号である「株式会社エムアールシー」に商号変更した(乙第一五号証)。

2  原告と被告は、昭和六二年六月二九日、名古屋簡易裁判所昭和六一年(メ)第七七号金銭給付内容確定調停事件において、原告を申立人、被告を相手方として、左記条項の調停(以下「本件調停」という。)を成立させた。

〔一〕 申立人は、相手方の商標、商号、ロゴ、サービスマーク、その他相手方の営業又は製品を表示する標章(以下「商標等」という。)を使用してはならない。

〔二〕 相手方は、申立人が、相手方系列の商標等の使用権を有する販売店から書面により製造を委託された販売促進用品(相手方が自動車部品又は自動車用品として販売する商品及びこれに類する物品を除く。)に書面により指定された商標等を付し、それら販売促進用品をその販売店に譲渡する行為、その他の商標法に違反しない行為については、申立人に異議を申し立てない。

(三) 申立人は、現在所有する自動車用品またはその半製品であって商標等の付されたものについて、商標等を抹消しなければならない。

〔四〕 相手方は、申立人が前条の規定により商標等の付された物品について商標等を抹消する費用を含め、和解金として申立人に対し、金七〇〇万円を支払う義務を認め、これを昭和六二年七月末日限り、申立代理人弁護士浅井正名義の中京相互銀行大津橋支店普通預金口座に振込み支払う。

(五) 相手方は申立人に対し、申立外大洋工業株式会社に商標等について使用の許諾を一切していないことを確認する。

(六) 当事者双方は、本調停条項以外には何らの債権債務のないことを互いに確認する。

(七) 調停費用は各自の負担とする。

3  原告は、その後も被告の登録商標を付した自動車用マットの製造販売を続けた。

二  主な争点

本件の主な争点は、本件調停第二項によって、原告が被告の登録商標を付した自動車用マットを製造販売することが認められたか(甲事件における請求原因事実、乙事件における抗弁事実であり、原告の主張立証事項である。)、原告の右製造販売行為が本件調停条項に反し、商標法に反する違法行為であるかである。

三  当事者の主張

1  原告及び乙事件被告落合(以下、両名を「原告ら」と呼ぶ場合がある。)の主張

(一) 主な争点について

原告は、被告の登録商標を付した自動車用マットを委託を受けて製造販売しているが、これは本件調停によって認められた行為であり、違法ではない。

すなわち、原告は本件調停以前に被告から無償無期限の商標の通常使用権を黙示の意思表示により与えられていた等の事情があったため、本件調停第二項によって、被告の承諾を得るなど商標法に違反しない場合の外に、被告が、自動車部品又は自動車用品として販売する商品及びこれに類する物品を除いた商品で、かつ被告系列の商標等の使用権を有する販売店から書面により製造を委託された販売促進用品については、原告は、被告の商標等を付して、右被告系列の販売店の委託を受けて製造し譲渡できることとなったのである。

しかるところ、被告は本件調停成立時点で自動車用マットを製造販売していないし、また、自動車用マットは、販売促進のために使用される場合は販売促進用品に含まれるものである。したがって、原告は、右の要件を充足すれば、本件調停による合意に基づき、自動車用マットを製造販売することが可能である。

〔二〕 甲事件の請求についての原告の主張

(1) 前項のとおり、原告は本件調停に従った営業活動を行っていたにもかかわらず、被告は、原告が商標の無断使用行為に関与していると宣伝し、更に原告に営業活動の差止を要求した。

(2) これによって、原告は極めて大きく社会的信用を低下させられたものであり、その損害は一〇〇〇万円を下らない。また、原告は本訴提起を余儀なくされたものであり、そのための弁護士費用として手数料一〇九万五〇〇〇円、謝金一〇九万五〇〇〇円とする報酬契約を原告訴訟代理人と締結した。

(3) よって、原告は被告に対し、右(2)項の損害額合計一二一九万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

〔三〕 乙事件の請求に対する原告ら(乙事件被告ら)の主張

原告の製造販売行為が商標法に違反しないことは、〔一〕項記載のとおりである。

また、本件調停成立時には、被告系列の販売店でありながら商標等の使用権を有しない販売店の存在など当事者間に予測されていなかったから、今になって、使用権を有しない販売店があるとか、自動車用マットについては全国の総ての販売店が商標等の使用権を有しない等と主張して差止請求をすることは信義則に反する。

2  被告の主張

〔一〕 主な争点について

(1) 販売促進用品とは、自動車それ自体や自動車用品の販売を促進する目的のために使用される物品であるところ、自動車用マットはそれ自体が販売される商品であり、単に販売促進に使用する物品ではないから、これに当たらない。

よって、本件調停条項にいう「販売促進用品」には自動車用マットは含まれず、原告が自動車用マットを製造販売する行為自体が本件調停条項に違反する。

すなわち、本件調停条項は、第一項で、商標法の違反の有無にかかわらず原告が被告の商標等を使用することを禁じ、第二項において、キーホルダーやボールペン等の「販売促進用品」については被告の登録商標の効果が必ずしも及ばないケースもあり得るので、そのような商標権の効果が及ばないものの製造販売行為については、第一項にかかわらず原告に許容したものにすぎない。ただそれ以前から、原告が自動車用品と販売促進用品を一括して「用品等」と表現し、誤導することがあったので、念を入れて括弧内に「相手方が自動車部品又は自動車用品として販売する商品及びこれに類する物品を除く」と記載したものである。

(2) 仮に、販売促進用品に自動車用マットが含まれるという解釈を前提としても、被告は、本件調停以前から現在まで自動車用マットを販売しているし、自動車用マットについて販売店には一切商標等の使用権を与えていない。したがって、原告が本件調停第二項の要件を備えることはない。

(3) 被告は、その登録商標の広告、宣伝に巨額の費用を投じてきたものである。そして、原告に対して昭和六一年ころから商標等の無断使用をやめるよう再三申し入れており、本件調停は正に原告が無断で被告の商標等を使用して自動車用マットを販売等していたのを止めさせることを主目的とするものであったのであるから、被告が原告主張のような合意をするはずがない。もちろん、原告に無償無期限の商標の通常使用権を付与したことなどあるはずがない。

また、本件調停第三項で現在する自動車用品は半製品も含めて商標等を抹消しなければならないと定めているのに、将来分は商標等を付すことができるなどという解釈が成り立つわけはない。

(4) よって、原告が被告の登録商標を付した自動車用マットを製造販売する行為は、本件調停条項に違反し、商標法に違反することは明らかである。

(二) 甲事件の請求に対する被告の主張

被告は、平成四年一〇月二六日付内容証明郵便によって原告が自動車用マットに被告の登録商標を無断使用する行為の中止を要求しただけであり、原告が無断使用行為に関与していると宣伝したり営業全体の差止を求めたことはない。

(三) 乙事件の請求についての被告(乙事件原告)の主張

(1) 原告の違法行為

原告が被告の登録商標を付した自動車用マットを製造販売している行為が本件調停条項に違反し、商標法に違反する違法行為であることは、前記(一)項記載のとおりである。

(2) 差止及び廃棄請求について

〈1〉 原告(乙事件被告)に対する請求

原告は、被告の商標等の使用を禁止する本件調停成立の後も現在に至るまで無権限で自動車用マットの製造販売を継続している。そして、製造販売をする以上、引渡し、展示、輸入等をしているし、少なくともその虞れがある。

そして、被告の警告にもかかわらず偽マットの製造等を続け、本件調停、本訴を提起した経緯等、原告の偽マット業の実態に照らせば、今後も原告が被告の商標権を侵害する虞れがある。また、原告は、被告が新車を発売して専用の自動車用マットの販売を開始したり、従来の商標をリ・デザインして同一に称呼される新商標を付した自動車用マットの販売を開始するや否や、その偽マットを製造販売する業者であり、現に本件調停等においても、原告は、将来被告が登録し又は使用する商標を含む一切の商標を使用する権利を有すると主張していた。このことからすると、被告が将来登録する商標及び登録商標をリ・デザインし、登録商標と同一に称呼される標章についても、商標権侵害の虞れが十分にある。

よって、被告は原告に対し、被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章の使用等について差止及び右標章を付した製品及び半製品の廃棄を求める必要がある。

〈2〉 乙事件被告落合に対する請求

原告は乙事件被告落合の純然たる個人会社である。

そして、昭和六一年に被告が偽マットの製造を止めるよう警告した時から本件調停を経て本訴に至る経緯での乙事件被告落合の悪質さ等からすれば、法の執行を免れるために原告を解散する虞れが十分にあり、現に乙事件被告落合は、本訴係属中の平成六年三月四日に、同人の妻を取締役とするリバティ株式会社を設立し、原告の主要顧客であるヒスコに関する営業を移管した。この手口からして、乙事件被告落合が原告の業務一切を右リバティ株式会社に移管して、原告会社としての責任を免れようとすることはほぼ確実である。

したがって、乙事件被告落合個人に対しても、原告に対すると同様の差止及び廃棄を求める必要がある。

〈3〉 よって、被告は原告らに対し、商標法三六条一項に基づき、被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した自動車用マットの製造、譲渡、引渡し、又は引渡しのための展示、輸入の差止及び自動車用マットに関する広告、定価表、取引書類に被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付して展示、頒布することの差止を求め、さらに、同条二項に基づき、被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した自動車用マット及びその半製品の廃棄を求める。

(3) 担保権設定請求について

原告及び乙事件被告落合の遵法精神の欠如、悪質さ、執拗さに照らせば、同人らが再び商標権の侵害行為を行う虞れは極めて高く、右侵害行為の予防のため、被告は担保を得ておく必要がある。

よって、商標法三六条二項に基づき、被告は原告らに対し、別紙目録(一)及び(二)記載の不動産に別紙目録(三)記載のとおりの根抵当権を設定することを求める。

(4) 謝罪広告請求について

原告の商標権侵害行為により、安価で粗悪な自動車用マットが一〇年以上も大量に市場に出回ったことにより、被告が維持してきたブランドイメージは著しく損なわれた。

また、原告は、本件調停成立後に全国の被告の系列販売店に対し、被告が原告を支援し、公認したかの如き誤信を与える内容の書状を頒布した。

以上の行為により、被告の営業上の信用及び名誉が害されたものであり、原告が書状を頒布した被告の系列販売店及び原告の製造した自動車用マットの購入者は全国に及ぶものであるから、被告の信用及び名誉を回復する手段は謝罪広告を新聞に掲載するしか方法がない。

よって、被告は原告に対し、商標法三九条又は民法七二三条に基づいて、別紙謝罪広告目録記載の謝罪文を同目録記載の要領で同目録記載の新聞に掲載することを求める。

(5) 損害賠償請求について

〈1〉 原告が故意又は過失に基づいて(一)項の違法行為を行ったとは明らかであり、その結果被告が被った損害は以下の合計金額である九六一〇万円を下らない。

ア 原告の受けた利益額 八七九〇万円

本件調停当時の原告の年間販売高は約一億三八八〇万円であり、純利益率は一〇パーセント以下ではない。そして、その後の年間利益額は調停時以下ではないから、本訴提起に至る七六か月間に原告の受けた利益は約八七九〇万円であり、これが被告が受けた損害額と推定される(商標法三八条一項)。

イ 弁護士費用 八二〇万円

被告は、原告の違法行為によって、甲事件の応訴及び乙事件の提訴を余儀なくされた。これに要した弁護士費用として八二〇万円が既払である。

〈2〉 乙事件被告落合は原告の代表取締役であり、その悪意による職務執行の結果、被告に右損害を与えたものである。

〈3〉 よって、被告は、原告に対し民法七〇九条に基づき、乙事件被告落合に対し商法二六六条の三に基づき、連帯して被告の被った損害金九六一〇万円(前記〈1〉項ア及びイの合計額)の内金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送逹の日の翌日である平成五年一二月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

第三  判断

一  主な争点(本件調停第二項によって、原告が被告の登録商標を付した自動車用マットを製造販売することが認められたか否か)に対する判断

1  争いのない事実等と証拠(乙第一五号証、第一六号証の一ないし四、第一七、第一八号証、証人斉藤剛、乙事件被告落合。但し、以下の認定に反する部分はその余の右各証拠に照らし採用できない。)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 乙事件被告落合は、昭和五四年に被告を退社した後、被告の系列販売店等を対象とする販売促進用品(景品、広告用品類)の製造販売を行い、昭和五五年末ころから景品等の外に、被告の登録商標を付した自動車用マットその他の自動車用品等を外注により製造し、被告の系列販売店等に販売していた。

乙事件被告落合は、昭和五八年五月にそれまで個人で行っていた右業務につき原告「株式会社エムアールシーホンダファミリーサービス」を設立し、従前の業務を継続した。昭和六一、六二年ころ、原告は自動車用マットを主力商品として、そのほとんどに被告の登録商標を付して製造販売しており、その売上額は原告の売上総額の大半を占めていた。

(二) 被告は原告に対し、昭和六一年二月ころから被告の商標等の無断使用を止めるよう申し入れ、同年六月二五日、同月三〇日には内容証明郵便を送り、自動車用品に被告の商標等を無断使用することを中止するよう要求する等した。

また、被告は、同年一一月五日付の本田ベルノ店に対する文書の中で、「三重県鈴鹿市及び東京都千代田区の業者が自動車用マットに被告の商標等を付して販売する商標権侵害を行っており、現在対応を進めている」旨記載して、系列販売店に協力を求める等しており、昭和六一年当時、被告が自動車用マットの商標権侵害を特に問題視していたことが窺われる。

その後の原告と被告との交渉により、昭和六一年一一月二一日に、原告が被告の商標等の使用を昭和六二年二月末日限り中止すること等が合意された。原告は、被告の登録商標を付した商品の製造販売が営業のほとんどであったことから、自動車用マットを含む自動車用品の取扱を全面的にやめることを考えた。

右合意によって、当時存在した在庫品については昭和六二年二月末日まで原告が販売することが認められ、自動車用マットの在庫品のうち被告の品質水準に達したものを被告が引き受けて加工し、販売することも検討されたが、被告は右在庫品が品質水準に達していないと判断して引受けに応じなかった。また、右合意の際に原告が被告に金銭補償を要求したが合意に達しなかったので、原告が調停を申し立てることになり、これに基づいて昭和六一年一二月一七日、原告は名古屋簡易裁判所に本件調停を申し立てた。

(三) 本件調停期日においても、被告は、販売促進用品に商標等をつけることはよいが、自動車用品に被告の商標等を付して販売することは認めない立場を明らかにし、商標等を付した自動車用マットの製造販売をやめるよう申し入れた。

2(一)  以上に認定したとおり、原告の主力商品は被告の登録商標を付した自動車用マットであり、被告も特にその製造販売を問題として原告と交渉していたことが認められる。これらの経緯や、本件調停第二項の文理及び他の本件調停条項との整合性からして、同項にいう「販売促進用品」とは、主に集客の目的で、不特定多数の客に無償配付するキーホルダー等の景品類あるいは販売店店頭に置く幟等、指定商品とは明らかに異なり、かつそれ自体を商取引の目的物とせず、将来市場で流通する蓋然性のない物に限定されると解され、自動車用マットは「販売促進用品」に含まれないことが明らかであるというべきである。

したがって、本件調停第二項は、原告にいかなる場合においても、被告の登録商標を付して自動車用マットを製造販売する権利を認めるものではないというべきである。

(二)  原告らは、自動車用マットも、販売促進の目的で使用される場合には販売促進用品となり、原告が本件調停第二項により製造販売することが可能である旨主張する。

しかし、本件調停条項が第一項で商標等の使用を禁じていること、第三及び第四項で、原告が所有していた自動車用品又はその半製品から被告の商標等を抹消することが約束されていることから考えても、本件調停において、原告が被告の商標等を付した自動車用マット(自動車用マットが自動車用品に含まれることは明らかである。)を製造販売することを認める趣旨であるとは解されない。

また、商標は商標権者以外は右商標権の及ぶ物に使用できないのが原則であり、本件調停成立までに原告に商標使用権が付与された事実は本件全証拠に照らしても認められない(なお、原告らは本件調停によって商標等の使用が許された事情として、被告から無償無期限の商標の通常使用権を黙示の意思表示により与えられていたという。しかし、被告がそのような使用権を原告に与える理由を説明しうる特段の事情は本件全証拠に照らしても何ら認められないし、被告の当該商標権が有する経済的価値を考えれば、無償無期限の使用権を黙示の意思表示によって原告に付与することは商取引上およそ考えがたいところであるから、右の原告らの主張は到底採用できない)。

更に、仮に原告らの主張するように、自動車用マットの使用目的(販売用か販売促進用か)によって調停条項に抵触するか否かが決まるとすれば、当該自動車用マットが個別具体的に販売店でいかなる目的で使用されるかを確認する手段が必要となるはずであるが、そのような手段も本件調停において考慮されていないのである。

したがって、本件調停において、原告が既に有していた商標使用権の確認又は新たな使用権の付与がなされたものとは認められない。本件調停第一及び第二項は、原告が被告の商標等を使用することを一律に禁じた上で、販売促進用品(すなわち被告が商品とする自動車部品又は自動車用品として販売する商品及びこれに類する物品に当たらない物品)に商標等を使用する場合については手続を明らかにさせる要件を課し、商標法に違反しない行為である限り、被告は異議を申し立てないとしたものにすぎないと解するのが相当である。

二  甲事件について

右のとおり、原告が被告の登録商標を付して自動車用マットを製造販売することは本件調停条項に反し、商標法に違反する行為というべきである。

したがって、右の行為が本件調停によって一定の場合に許された適法な行為であることを前提とする原告の主張は理由がない。また、本件全証拠によっても、被告が原告に対し営業の差止を求めた事実は認められない。

よって、甲事件の原告の請求は理由がない。

三  乙事件について

1  被告が自動車用マットを指定商品とする登録商標を有していること及び原告が本件調停成立後現在に至るまで、被告の登録商標を付した自動車用マットを製造販売していることは当事者間に争いがなく、前記のとおり、原告が被告の登録商標を付して自動車用マットを製造販売することは被告の商標権を侵害する違法な行為であることが認められる。

2  差止及び廃棄請求について

(一) 原告に対する差止請求について

(1) 原告は前記一1項に認定したとおり、被告との交渉等の経緯にもかかわらず、本件調停成立後も被告の登録商標を付した自動車用マットを製造し、被告の系列販売店その他の業者に譲渡、引渡しをしているものであり、証拠(甲第七号証、乙第一六号証の一ないし四、乙事件被告落合)によれば、原告が被告の登録商標を付したカタログや「製造委託エンブレム、マークデザイン一覧表」を作成、頒布していることが認められる。

よって、原告は右行為によって本件調停条項に違反すると共に被告の商標権を侵害し、かつ被告の登録商標を付した自動車用マットを製造、譲渡、引渡し、又は引渡しのために展示する虞れがあり、かつ自動車用マットに関する広告、定価表、取引書類に被告の登録商標を付して展示、頒布する虞れがあることが認められる。

しかし、証拠(乙事件被告落合)によれば、原告は国内の下請工場に発注して右自動車用マットを製造していたものと認められ、被告の登録商標を付した自動車用マットを輸入した事実及びその虞れがあるとまで認めるべき証拠はない。

(2) また、被告の登録商標は被告の営業全体を示す「HONDA」及び被告の製造販売する自動車を表示するものであるところ、被告が将来新車を製造販売すればその商標が新たに作成され、登録されるものであること、自動車のモデルチェンジの際等に商標のデザインが変更されうることが一般的に予定されているものであることは社会通念上明らかであり、証拠(甲第七号証、乙事件被告落合)によれば、新車が発売されたり、デザインが変更されれば、原告は当該車種を表す当該標章を付して当該車種に対応した自動車用マットの製造委託を受けることを予定していることが認められる。

よって、被告が将来登録する総ての商標についても侵害の具体的な虞れがある。

更に、被告の製造販売する車種に対応した自動車用マットに関して被告の営業ないし当該車種の登録商標と同一に称呼される標章を使用することは、商品の出所の誤認混同を生じ、右標章は被告の登録商標に類似する商標であるところ、前記のとおり、原告が新しいデザインによる標章等、被告の登録商標と同一に称呼される標章を使用する虞れが認められる。

したがって、被告は原告に対し、被告が将来登録する商標を含む総ての登録商標及びそれと同一に称呼される標章についても差止を求める利益を有する。

(二) 乙事件被告落合に対する差止請求について

乙事件被告落合は原告の代表者であるが、争いのない事実等、前記一1項に認定した事実及び証拠(乙第一五号証、乙事件被告落合)によれば、乙事件被告落合は、原告を設立する以前から個人で「ホンダファミリーサービス」として同種の自動車用マット等の製造販売業を行っており、原告設立後も継続して同一の業務を行っていたこと、原告の本店は乙事件被告落合の自宅と同一であることが認められ、原告の実態は右個人事業を法人化したものであることが窺われる。

また、証拠(甲第一六、第一七、第二五号証、乙第二八号証の二、第三二、第三三号証、第三四号証の一・二、第三五号証の一ないし五三、第三六号証、乙事件被告落合)によれば、平成六年三月四日に乙事件被告落合の妻知子を取締役とするリバティ株式会社が設立されたこと、同社と原告の鈴鹿営業所は同一で電話も共通であること、リバティ株式会社の関営業所の所在地は原告の本店所在地(乙事件被告落合の自宅)であること、乙事件被告落合はリバティ株式会社の役員でも従業員でもないが、原告の取引先であったヒスコ(株式会社ホンダインターナショナルセールス)に対する自動車用マット製造販売等は、平成六年三月七日から、リバティ株式会社の名義で乙事件被告落合が担当していること、右ヒスコとの同年三月分の取引決済は、原告が取引を行った同月五日分までを含めて乙事件被告落合を担当者としてリバティ株式会社の名で行われたことが認められる。

以上によれば、乙事件被告落合が、原告の業務としてなす以外に自動車用マットを製造販売する等の取引行為を行い、原告と同様の商標権侵害行為を行った事実が認められ、かつこれを行う虞れが認められるものというべきである。

(三) 原告らに対する廃棄請求について

また、被告は原告らに対し、被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した自動車用マット及びその半製品の廃棄を求めており、前記に認定したところによれば、原告らが被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した自動車用マット及びその半製品を所有することが推認されるが、自動車用マットの商品形態及び本件調停条項において商標等の抹消が定められた事実からして、完成した自動車用マット及びその半製品で被告の登録商標を付したものから被告の登録商標を抹消することが可能であり、これによって被告の差止請求の目的を達成しうるものというべきであるから、被告の右請求は、抹消を求める限度で理由がある。

(四) 以上のとおり、被告の原告らに対する差止及び廃棄請求は、被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した自動車用マットの製造、譲渡、引渡し及び引渡しのための展示、並びに被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章を付した自動車用マットに関する広告、定価表及び取引書類の展示、頒布の差止を求め、自動車用マット及びその半製品における被告の登録商標及びこれと同一に称呼される標章の抹消を求める限度で理由がある。

3  担保権設定請求について

被告はさらに侵害行為の予防のため、原告らの所有する不動産に根抵当権を設定することを求めるが、右のような担保を提供させなければ差止の目的を達しえないと認めるに足りる証拠はない。

よって、被告の右請求は理由がない。

4  謝罪広告請求について

(一) 前記に認定したとおり、本件調停成立後も現在まで原告が被告の登録商標を付した自動車用マットを被告の系列販売店等に対し製造販売していることは商標権侵害に当たる行為であり、原告と被告との交渉経緯等によれば、右侵害につき原告が知っていたと推認することができるし、仮にそうでないとしても知らなかったことに過失があると推定される(商標法三九条、特許法一〇三条)。

(二) 証拠(甲第一六、第一七、第二一、第二四号証、乙第二、第二八号証、第三四号証の各一・二、第三五号証の一ないし八、乙事件被告落合)によれば、本件で原告が自動車用マットを販売した直接の取引先は、被告の系列販売店と二、三の中間業者であること、本件調停成立直後の昭和六二年七月四日ころ、原告は被告の系列販売店を対象として葉書を発送し、その葉書に、本件調停によって一定の条件の下で従来通り今後も永続的に原告が被告所有の商標等を使用できることになったこと、販促用品業界で原告だけが被告から商標等の使用につき公認されていること、被告の力添えを得ていること等を記載したことが認められる。

右の葉書の発送は、葉書を受け取った系列販売店に原告が被告の商標の使用権を有すると誤信させる虞れがある行為であり、商標権侵害行為とあいまって営業ないし商品の誤認混同を生ぜしめる行為である。しかし、全国の系列販売店に右葉書が送られたといっても特定の被告系列の販売店に対する行為であって不特定多数人に対する行為ではないから、仮に右の行為によって被告の信用及び名誉が害されたとしても、新聞に謝罪広告を掲載する措置によらなければ信用及び名誉を回復しえないということはできない。

また、右葉書の発送を受けていない販売店や中間業者に対する取引に関しては、原告の販売経路、被告と原告の交渉経緯、被告が系列販売店に商標権侵害行為に関して協力を求めていた事実等に鑑みると、取引相手が原告の商品を被告の商品と混同したと直ちに推認できないし、仮に誤認混同をした販売店等があったとしても、本件全証拠によっても被告が差止及び抹消を求める外に、謝罪広告によらなければ回復しえないほどの損害を被ったと認めるには至らない。

(三) 更に、原告が販売した被告の登録商標を付した自動車用マットが販売店から一般消費者に対して販売されたことは推認することができる。しかし、一般消費者との関係では、主に被告の系列販売店によって販売されたものであるから、原告の名による謝罪広告は極めてその効果に乏しいと考えられる。したがって、信用回復措置として新聞に謝罪広告を掲載することが商標権侵害行為による損害の回復に必要であると認めるには足りないといわざるをえない。

(四) よって、被告の右請求は理由がない。

5  損害賠償請求について

(一)(1) (原告の商標権侵害行為により被告が被った損害額)

前記に認定したとおり、原告の営業は被告の登録商標を付した自動車用マットの製造販売が大半であり、被告の登録商標を付さない自動車用マットはほとんどなかったものと推認される。そして、証拠(乙第一五、第一八号証)によれば、本件調停当時の原告の自動車用マットの年間総売上額は約一億三八八〇万円であったこと、粗利益率が三五・七パーセントであったことが認められ、純利益率は少なくとも一〇パーセントを下回らないものと推認することができる。これによって年間純利益額を算出すると約一三八八万円となる。

原告は、本件調停後も被告から商標使用権を付与されているとして業務を続けており、年間純利益額が低下するような事情は認められないから、本件調停後乙事件提訴までの約六年四か月間に原告が自動車用マットの販売によって受けた利益額は八〇〇〇万円を下らないことが推認され、二〇〇〇万円を超えることは明らかである。原告が受けた右利益額が被告の損害額と推定される(商標法三八条一項)。

(2) (弁護士費用)

また、被告が本訴追行等に要した弁護士費用のうち三〇〇万円は、原告の違法行為と因果関係があると認めるのが相当である。

(二) 乙事件被告落合は原告の代表取締役であり、前記に認定した被告との交渉経緯等に照らせば、職務執行につき悪意があったことが認められるし、仮にそうでないとしても重大な過失があったというべきであるから、商法二六六条の三に基づき、被告が被った右損害につき損害賠償責任を負うものである。

(三) よって、被告が原告及び乙事件被告落合に対し、連帯して、被告の損害金の内金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由がある。

四  以上の次第で、甲事件原告の請求は理由がないからこれを棄却し、乙事件原告(甲事件被告)の請求は主文の限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 新堀亮一 裁判官 池町知佐子)

目録(一)

所在 鈴鹿郡関町大字萩原字浦ノ山壱四七番地壱

家屋番号 壱四七番壱の弐

種類 事務所、倉庫

構造 鉄骨造スレート、弡鉛メツキ鋼板葺弐階建

床面積 壱階 八九・六参平方メートル

弐階 五四・六五平方メートル

所有者 株式会社エムアールシー

目録(二)

一、所在 鈴鹿郡関町大字萩原字浦ノ山

地番 壱四七番の壱

地目 宅地

地積 九九五・〇四平方メートル

所有者 落合繁雄

二、所在 鈴鹿郡関町大字萩原字浦ノ山壱四七番地の壱

家屋番号 壱四七番壱の壱

種類 居宅

構造 木造瓦葺弐階建

床面積 壱階 壱壱八・〇壱平方メートル

弐階 弐六・五七平方メートル

所有者 落合繁雄

三、所在 鈴鹿郡関町大字萩原字浦ノ山

地番 壱五参番の壱

地目 田

地積 弐壱六平方メートル

所有者 落合繁雄

目録(三)

極度額 金一〇〇〇万円

債権の範囲 商標権侵害による損害賠償債権

債務者 株式会社エムアールシー、落合繁雄

根抵当権者 本田技研工業株式会社

謝罪広告目録

一、掲載の内容

謝罪広告

当社は、昭和六二年六月名古屋簡易裁判所に於ける調停で貴社の登録商標を使用しない旨確約したにも拘らず、右調停の調停条項を破り、貴社の登録商標を附した偽マットを販売し以つて貴社に多大なるご迷惑をおかけ致しました.また当社は貴社の登録商標を使用するなんらの権限もないのに、恰もその権限があるかの如き文書を貴社系列の自動車販売店に頒布し、著しく貴社の信用を損しました.よって、ここに謹んでお詫び申し上げます。

平成 年 月 日

三重県鈴鹿郡関町大字萩原一四七番地の一

株式会社エムアールシー

代表取締役

落合繁雄

東京都港区南青山二丁目一番一号

本田技研工業殊式会社殿

二、掲載の要領

1、広告の大きさ

縦二段、幅一五センチメートル

2、使用活字

表題 一二ポイント ゴシック体活字

名義人・名宛人 一一ポイント ゴシック体活字

本文 九ポイント 明朝体活字

日付・住所 八ポイント 明朝体活字

尚、広告文中の日付は新聞掲載日を表示する。

三、掲載誌・掲載回数

(一)名称 伊勢新聞

所在 三重県津市本町三四番六号

発行者 株式会社伊勢新聞社

回数 一回

(二)名称 日刊自動車新聞

所在 東京都港区海岸二-一-二五

発行者 株式会社日刊自動車新聞社

回数 一回

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